白熊山荘 体験版
【まえがき】
※[ご注意ください]
【あらすじ】
森のくまさんは山奥で山荘を営む白クマさん。
経営者である犬養は立派な身体と格好可愛い顔、聡明な頭脳と上品な立ち振舞いを備える極上の白クマだった。しかし、内向的性格と実家での不遇な扱いにより、引きこもるように山奥に住むようになった犬養は、完全に自給自足が成立していたら宿も経営していなかっただろうと言う。
たまたま訪れた杉守は犬養の魅力に取り付かれながら、やや強引に犬養の心と身体を開いていく。
この歳にして未経験者だった犬養は徐々に杉守に心を開きながら、秘められた極上の雄の色香をも開放していった。
ぜぇ、ぜぇ。本当にこんな
偶然Webで見つけた山奥の山荘。観光名所でもなんでもない山奥に好き好んで行くような人がほとんど居るわけ無く、まるで埋まっていない予約カレンダーにポツンと一つだけ入っている印は、僕の予約だ。
電気も水道も通っていない、不便なところだと注意書きがしてあるから、余計に人が寄り付かないのであろう。でも僕は、なんてことない自然の不便さを味わうのもたまには良いものだ、と思っていた。長いこと滞在すれば疲れたり飽きたりしてしまうかもしれないが、ほんの数日だ。異世界の新鮮さを堪能している間に時は過ぎてしまうだろう。
何より僕は、人気が無いというところに惹かれていた。僕等の行動範囲なんて結局は誰かが手入れした範疇に収まってしまう。どこに行ったって、人の臭いがするところばかりだ。そんなところで自然を満喫、なんて言ったって、すぐ近くで『いいところねぇ』なんてお喋りしているおばさん達の話し声で全てぶち壊しだ。
この山荘だって、結局は宿主さんの手が入っているわけで、そういう意味ではやはり人の臭いのするところではあるのだが、それ以外の人の気配を感じることは殆ど無いだろう。
実際、この山荘に向かう道は舗装なんて全くされていないし、路面も荒れていて少なくとも乗用車の通行は無理。人がしばらくの間通らなければ、すぐに草木に埋もれてしまいそうだ。一歩、道を踏み外せば、保険の利かない正味の自然界に紛れ込んで行くことになる。起伏はそれほど激しくは無いので、登山道というほどキツくは無いのだが、ハイキングのつもりで来ようものなら面食らうだろう。
それにしても、心細くなるほどの距離だ。駅から歩いて三時間。そのうち二時間半はずっと、今みたいな獣道だ。もしかして、道に迷って日が暮れたりしたら大変だ。そう思いたくもなるような行程であったが、予めGPSを用意しておいて良かった。GPSの無い時代だったら、ここをさらに進んで行く勇気は僕には無かっただろう。人の臭いがどうとか偉そうなことを言っている僕も、所詮は人の世界でしか生きられないのだ。
やっと、人が作ったであろう物の存在を確認することができる。朝早くに家を出たのに、もう、日の光りは最も強い時間帯を過ぎて、弱り始めていた。この距離感は、僕が人間界から踏み込んで行ける自然の限界点をも表している、絶妙な場所でもあった。
ログハウスと言えば聞こえは良いが、要するに日曜大工に気が生えた程度の木造家屋といった様相だ。贅沢な暮らしをしている人には物置にしか見えないかもしれない。
入り口らしき扉に近付いたとき、ちょっとだけ大きな物音がした。と、同時に扉が開く。
「あ、あ、……ようこそ、いらっしゃい。ちょうど良かった」
タイミング良く、いきなりバッタリと面を会わせる形になって、宿主はあからさまに驚いていた様子だった。上擦った声色で、優しいというよりは弱々しいという表現の方が近い声だった。
しかし、僕の方がもっと驚いていた。熊だ、それも大人しい熊だ。
アウトドア系を筆頭に自然派というと、イメージにピッタリだと思ってしまいがちだが、実際のところは、本当に自然にどっぷりだと意外な程痩せ型の人が多い。きっと、エネルギーを使う作業が多いとか、栄養素の摂取量に余裕が無いとかあるのかも知れない。
だが、今、僕の目の前にいる人は作り物のような、一見カジュアルなアウトドア派のような、余裕を蓄えた風貌をしている。
「今日の予約の方ですよね」
「あ、そうです、杉守です」
「これから、夕飯の食材を採りに行くところだったんですよ。どうです? 着いたばかりでお疲れのところ難なんですけど、一緒に採りに行きませんか?」
「あ、良いですねぇ」
「そうしたら、少し休憩してからにしましょうか。どうぞ、中へ」
宿主に先導されて、扉をくぐりながら、僕は質問する。
「すぐでなくて大丈夫なんですか?」
「日が暮れるまでもう少し時間がありますから、大丈夫ですよ。さ、どうぞ荷物をお解きになって。お茶をお持ちしますね」
入ってすぐにある、ベンチに背もたれとクッションといった如何にも手作りと一目で分かる椅子に腰掛ける。建物自体があまり大きなものではなかったから、きっと、ここが食卓やリビングにもなるのだろう。
「遠いところをお疲れ様でした」
さほど待つこともなく、お茶と菓子が出された。ペットボトル一つは持って出たけれど、三時間の徒歩行程にはちょっと足りなかったのでありがたい。
「いただきます。……あれ? ミント?」
「ははは、ミントは春先から秋口まで採れるんで重宝しているんですよ」
「なるほど、お茶の木だと収穫時期が限定されますもんね」
ホッと一息付くと、小腹が減っていることにも気付く。やっぱりずっと動いていたから、そりゃ腹も減る。
「こちらもいただきますね」
高野豆腐みたいな格好していたけど、甘くて、ミルクの風味がしっかりしている。
「これってラスクですか?」
「まぁ適当に作っているんで、ラスクって呼べるのか分からないんですけどね」
「これも手作りなんですね。凄いなぁ。美味しいです、これ」
「良かった、お口に合うようで」
「でも作るの大変じゃないですか?」
「あはは、これはまぁ私の趣味みたいなもんで」
「お菓子作りがですか?」
「いえ、甘い物に目が無いもんで。子供みたいでしょ、お恥ずかしい」
「いやいや、甘い物好きな男性もたくさん居ますよ。表立って言わないだけで。僕も甘い物好きですし。それにしても、手作りは凄いなぁ」
「まぁ、節約も兼ねているんですけどね。こういう乾き物なら日持ちもするし」
「乾き物って、おつまみみたいな言い方ですね」
「あはは、ついついつまみ食いしちゃうんで、違う意味でやっぱりおつまみですね」
「なるほど」
なんだかこの人、凄く可愛い。そもそも姿形からして大柄なのに可愛らしい着ぐるみみたいな風貌をしている。顔だって整っているのに丸みを帯びていて、白クマぬいぐるみを人化したらこんな感じって感じだ。
身体はゴツいのに、表現が間違っているかもしれないけれど、おしとやかだ。当たりが柔らかいのに、聡明な雰囲気も感じられる。でも、決して女っぽいってことではない。
この不便な環境の中で生活している人だから、きっと、いろいろと工夫しているのだろう。節約しながら自分の欲求を満たす術も知っている。
僕は妄想してしまった。こんな人だったら、お嫁さんに欲しいなぁ、と。でも、僕には稼ぎが足りていないからなぁ、なんて勝手な妄想を広げてしまう。
「そろそろ行きましょうか」
あっ、そうだった。食材を採りに行く前の一休みだったんだ。
「はい! ご馳走様です。行きましょう!」
とはいえ、行き先は宿のすぐ隣りだった。そりゃまぁ、そうだよな。こんなところで、何か特別な理由が無ければわざわざ畑の場所を離したりはしないよな。
家庭菜園よりかはかなり広いけれど、普通の農家がやっているような畑を連想すると、かなりせせこましい印象だ。
「好き嫌いとかありますか?」
「いえ、嫌いなものは特に無いです。何でも食べますよ」
「そうしたらまず、オクラが結構育っているんで、頃合いの良さそうなのを適当に採って貰えますか」
ハサミと笊を手渡される。僕はオクラの木? 木という程は大きくないか、を物色する。
「うわあ、これ、おっきいなぁ。スーパーで見るのと全然違う」
「あ~あ、これは育ち過ぎちゃったなぁ。触ってみてください。ガチガチでしょ。ここまで育っちゃうと筋が固くて食べられたもんじゃないですよ。これはもう、そのまま熟させて、種取り用ですね」
触れ、ガチガチ、筋、固い、食べて、熟して、種取り……、いやいや、今はそんな妄想を繰り広げている場合じゃないだろ。
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
白熊山荘
OpusNo. | Novel-009 |
---|---|
ReleaseDate | 2014-11-14 |
CopyRight © | 山牧田 湧進 |
& Author | (Yamakida Yuushin) |
Circle | Gradual Improvement |
URL | gi.dodoit.info |
個人で楽しんでいただく作品です。
個人の使用範疇を超える無断転載やコピー、
共有、アップロード等はしないでください。
(こちらは体験版です)
【デジケット限定パック】白熊さんパック - DiGiket.com