弱者旅行 体験版

Cover


【まえがき】


※[ご注意ください]



【あらすじ】


 偶然、昔の同級生と鉢合わせした。

 きっと『勝ち組』だろう、とお互いに思われていた彼と僕はどちらもほぼ等しく人生の敗北者となり弱者男性となっていた。


 当時は学力的にライバル視していた程度の関係でしかなかった二人はそこから徐々に繋がりを深めて当時よりも親しくなった。

 そうしてある日、新たな事実が発覚する。


 修学旅行不参加組。

 当時ではまだ珍しかった、修学旅行に行けていない者同士であることを今になって知ったのだ。

 ほとんどの人が持っているのであろう若き日の思い出を持ち得ていない二人は今からでも穴埋めを、と今更な修学旅行を計画する。

 金の工面に苦労したが、それも貧乏学生らしくて良きとされた。


 そうしてようやく実行に漕ぎ着けた『弱者男性組の後から穴埋め貧乏修学旅行』、略して『弱者旅行』の4日目。

 歳は取ったものの枯れたというにはまだ程遠い2人は若い男性が修学旅行の4日目ともなるとまず間違いなくぶつかるであろう困難に遭遇し、ある意味で修学旅行の醍醐味であり思い出にもなるのであろう経験を、大人になってからのズルい大人も活用しつつ、若き日の過ちと『黒歴史』として作り上げて行くのだった。


【目次】


表紙

まえがき

あらすじ

弱者旅行

奥付

弱者旅行

 ぇ……?


 最初は言葉を失っていた。

 いや、それを最初と言って良いのか、あぁ、そうか……、再会という観点では『最初』と言っても良いのか……。




 僕は大きく人生を踏み外した。もう復帰できる見込みは無い。

 直接原因はブラックな労働環境で心と身体が破壊され尽くしたから、ではあるが、幸か不幸か死の半歩手前でブラックからドロップアウトした結果、肉体はなんとか存続したものの、心はもうどうにもならなかった。


 外が駄目なのだ。

 例えば、定時の勤務に相当するような用事を熟さなければならないようなとき、その後1週間くらいは精神疲労から立ち直れない。

 あまりにもしんどいのが、しんどくなるのが、その記憶が深層心理の奥底にまで深く完全に刻まれてしまっているから、外に出ようとすること自体がもうストレスフルだ。


 多分、障害認定されるほど酷くはないのだろう、知らないけど。

 ドロップアウトしたときに労災認定を受けるために僕が通った精神科はあまりにも好い加減で、睡眠薬と多分神経を鈍感にさせるというか頭をぼーっとさせるのであろう薬を処方されただけだった。

 睡眠薬は飲んだら30分で立てなくなるほど強いから用事を済ませておいて、と説明を受けたが、飲んでも何も、何時間経っても何も、変わらなかった。

 酒飲んで憂さ晴らせとか、ねーちゃんのこと考えろとか、要するに依存先を変えたり気を散らせろということなのだろうが、そもそも僕は酒も女も嫌いなのである。

 今だったら多分こんなこと言われないのだろうけど、当時はまだそういう押し付けが普通に行われていた時代。

 世間の「酒と女」強要が大っ嫌いなのに、精神科の医師でさえ当然のようにそれを強要してくるのだ。

 結局、僕が先生に気を遣って話を合わせ、強いと言われる効かない薬はそれ以上強くされても怖いので効かないまま飲み込んで放置した。

 全く何も変わらないまま、数ヶ月の後に「良くなった」という扱いにして通院を終了した。

 自分でも色々試してはみたんだ。でもね、例えばセントジョーンズワート? 当然のように何一つ変わらなかった。


 それから随分と経って、あのときボロボロになった歯は元に戻らないけれども、それでも家の中で生活が完結できている時間だけは割と健康的に暮らせるようになった。

 勿論、ちょいちょい不具合を起こす身体ではあるけれど、恐らく同年代よりは筋力も体力もあるし息も切れない。

 でも、それでも、外が駄目、他人が駄目、なところはもう改善不可能だろう。

 涙の数だけ強く、なんてなれないのである。

 むしろ涙を流す力すら失い、直せない心の傷はPTSDとして一生付き纏う。

 ほんのちょっとしたことで『またあの辛い傷を負わされるのか』という負の記憶がフラッシュバックしてくるので、実際に事が起こる前からダメージが蓄積する。


 だから、僕はもう普通に就労することができない。

 やらなかったわけではない。

 頑張ってもどうしても精神疲労がすぐに限界を超えた。

 だから、プロジェクトの区切りで終わりが見えている仕事しか手を出せなかった。

 折角取った情報処理とデータベーススペシャリストの資格が泣いている。


 こんなんなるんだったら、生活に役に立たないIT資格なんかじゃなくて電気工事士でも取れば良かった。

 100Vの電設が自分で加工できたら金銭的にも楽になるし、人に頼むというストレスも抱え込まずに済ませられるだろうに。

 今からでも勉強しようかな、と思うこともあるけど、試験で外に出なければならないことを考えるとそれだけで精神が摩耗する。


 生活は無茶苦茶切り詰めている。

 でも、切り詰めてみると、今まで無駄なことに金と労力を費やし過ぎていたなあと思うことも多々ある。

 逆に食費は増えたかな。

 食で無理な切り詰めをすると必ずそれ以上の出費が医療費とかで出ていってしまうということが経験的にやっと学習することができたので、必要な栄養素をちゃんと補うという観点で、贅沢はしないけど最低限を割り込まないようにしたらどうしても食費は増えた。

 その代わり、病院に行くことが無くなった。風邪薬すらもう何年も使ってない。サプリメントにはそこそこ頼っているけれど。


 収入が少なくて安定しなくて、贅沢は一切出来ないし、外から見れば僕は完全に社会の敗北者。弱者男性とレッテルを貼られる人より弱い。

 というか、本来ならあのとき死んでいても全くおかしくなかったのだから、今はオマケの時間なのかもしれない、と思うこともある。

 国が想定している最低限の文化的な生活すら下回っているだろうけど、いろんなせめぎ合いの中でなんとか自分なりの釣り合いを取ってきたつもりだ。

 まぁ、こんな脆弱な釣り合いなんていつ誰にぶっ壊されてもおかしくないのだけれども。

 っていうか、実はもう地味に何度もボディブローを受け続けているので結構もう瀕死なんだけれども。

 あいつらは常に弱者に不利なルールを一方的に押し付けておきながら、同時に自己責任論を唱えてくるクズだからな。




 出来ることなら家から一歩も出たくは無いのだが、どうしても出ざるを得ないときがある。

 金銭的余裕があるのなら、全てを配送してもらうという手があるのかもしれないけれども、金銭的最弱の僕には選択できない手段だ。

 そうして、出たくもない家を出たとき、偶然そこに居合わせた人が、なんか見覚えのある顔をしていたのだ。

 昔、クラスこそ違えど、校内で学力1,2位を争っていた相手だったから当時かなり意識していて、それで記憶に残っていて、その記憶が呼び起こされたのだろう。


 向こうも素っ気無く通り過ぎて行ってしまえば良いものを、まるで鏡でも見ているかのように僕と同じく固まった。

 そして多分、瞬時に似たようなことを思ったはずだ。

 『あのときからはとても想像も付かないような貧相な出で立ち』だと。

 学力だけで言えば高所得者間違い無しの順位に居たはずのヤツがとてもそのようには見えない格好をしている……。

 そして、同時に思うのだ。

 『いや、お前(自分)が言うなよ』と。


 お互いにテレパシー能力なんて持っていないはずだし、ピンと来るものなど何も無かったはずなのだ。

 でも、彼の第一声が再会を喜ぶ歓声でもなく、誤魔化しの社交辞令でもなく、ありきたりな挨拶でもなく、

「俺、敗北者だから。弱者男性だから」

 という言葉だったところに、どうしようもなく思うところがあったのだと思う。


 もし彼が僕と似たような境遇に陥っていると仮定するならば、昔しか知らない人間からの勝手な『勝ち組』認定は彼にとって刃物だ。

 現実を知ったらその鋭利な切っ先は嘲笑うかのようにくるくると手のひらを返しながら彼をえぐるだろう。

 だから、第一声が『弱者』というカミングアウトは傷をまだマシなものにするための哀しい自傷の盾だ。


 しかし、その相手が僕、ともなると、少々また意味合いが異なって来る。

 その言葉には『キミもそうなんだろう?』という洞察が混ざって来るからだ。

 防御と攻撃を同時に兼ね備えた第一声?

 いや、違うな。

 防御と『救いの手』だ。

 同じ元勝ち組候補/現完全弱者に対して『吠えなくても良い』のだと、無駄に傷を増やさなくても良いのだと、先に傷を負ってくれたのだ。


 弱者だからと言って必ずしも全ての能力が劣っているとは限らない。

 彼は多分昔から学力だけではなくて地頭の良い人だった。テストの点だけの僕とは違って。

 だから、単に防御として弱者をカミングアウトしただけでなく、僕も弱者である可能性を配慮したうえでの発言だったのだろう。


 だがしかし、そもそも気が付かないフリをして通り過ぎるという手もあったはずだったのに、彼はそれをしなかった。

 そこにもしかしたら、何かしらの期待も、僅かながらに持っていたのかもしれない。


 と、ここまではなんとか僕も汲み取ったものの、僕は彼ほど地頭が良くない。

 上手い返しが見つからずに、

「me, too……:)」

 と、下手くそダサな照れ隠しをするのが限界だった。




 それでもなんというか、不思議なことに、そこから薄く繋がりが出来た。

 大人になってから友達というものは減る一方で増えないものだと思っていたからちょっと驚く。

 格差(他人)に合わせるのがとてつもなくしんどい者同士だったが、お互いの間の格差は感じずに済んだから、唯一に近いくらい気楽に接することができる他人となった。

 それでも、それを友達と呼んで良いのかちょっと惑うけど。


(こちらは体験版です)


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弱者旅行


OpusNo.Novel-089
ReleaseDate2024-05-04
CopyRight ©山牧田 湧進
& Author(Yamakida Yuushin)
CircleGradual Improvement
URLgi.dodoit.info


個人で楽しんでいただく作品です。

個人の使用範疇を超える無断転載やコピー、
共有、アップロード等はしないでください。

(こちらは体験版です)

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