白熊の冬籠り 体験版
【まえがき】
※[ご注意ください]
【あらすじ】
あれから、伝説の白熊が住まう山荘の宿は新規の予約を受け付けていない。
心配を募らせた特定性犯罪者専用私設更生施設の3人は山荘の訪問を計画した。
しかし、仕事の都合で計画は変更となり、手の空いた万道一人が先に向かうこととなった。
突然の訪問に犬養は驚ききつつも喜び、勇気を出して気持ちを引っ込めないように頑張った。
偶々、調度そろそろ夢精してしまうだろうというくらいに精が溜まりきっていた犬養は性に若く、『性欲の塊』を自認する万道と対等以上に渡り合う。
二人きりの夜に精なる白いものが幾度も降り注ぎ、そして、いつの間にか外界でも聖なる白い雪が深々と降り積もっていた。
一泊で帰るつもりだった万道は大雪により足止めを食らってしまいもう一晩犬養の部屋に泊まることになったが、それは犬養にとって大きな大きなプレゼントになった。
性の完全開放をした犬養は初手から万道を圧倒し、完全ノックアウトする。
【主な登場人物】
【目次】
季節は冬。
一部界隈で『伝説の白熊』とまで呼ばれた犬養は、自力で建てた山荘に一人暮らしている。
自給自足の不完全な部分を補うために始めた山荘宿の経営は、状況に応じて予約を受け付けたりしているが、ここしばらくは閉鎖しているみたいだ。
犬養が選んだ土地は不便な立地の山奥ではあるが、雪はほとんど降らない。
いくら力
だから、普段から不便ではあるものの、頑張ればいつでも野に降り立つことができる程度の不便さ、という土地を選んだのだ。
冬晴れのとある日、同じく一部界隈で『黒熊』と呼ばれたこともある万道は久し振りに伝説の弟分に会うべく、通称『白熊山荘』を目指して歩を進めていた。
と、いうのも……
「もう結構長いよね」
「そうですね。元気でやってるのかな? 犬養さん。ちょっと、心配だなぁ」
「まぁ、資金繰りの問題が無ければ宿を始める気も無かったって話だったからなぁ。寒い季節は宿やっても客が来ないから閉めているだけなのかもしれないしね」
「ちょっと様子見てきたいなぁ」
「んじゃ、今度休暇取って行ってみようか? 食料の調達が大変な時期だろうから、差し入れいっぱい持ってさ」
「そうですね。行きましょう!」
同じく、といっても別の山ではあるが、こちらは地理的にも俗世間から隔離された場所が好ましいとの判断で所長の渡良瀬 稲作(わたらせ いなさく)が創設した山奥の更生施設。
更生の対象が特定の性犯罪者で、とりわけ再犯を繰り返す厄介な性犯罪者が送り込まれてくる私設の最終更生施設であり、私設ならではの、公的施設ではとてもできないような更生プログラムを実施する施設である。
そこに、かつては更生される側である性犯罪者としてこの施設に収容され、その後、今度は更生する側である更生指導員としてこの施設に勤務するようになった二人、吾妻 馬熊(あがつま まぐま)と、利根 万道(とね ばんどう)が犬養の様子を心配していた。
所長の渡良瀬と共に、吾妻と万道が犬養の山荘を訪れたのはもう何ヶ月か前のことになる。
あのときは、山の冷たい沢の滝壺で水浴びができたくらいだから、十分に暖かい季節だった。
それ以来、犬養の山荘は新規の予約を受け付けていない。
もちろん、それまでに入っていた予約分もいくらかはあったことだろうから、全く客を泊めていないというわけではないのだろうが、それにしても経営中断の期間が長過ぎるんじゃないか、と二人は心配していたのだった。
渡良瀬も含め、ここの三人も当然のように犬養のファンになった。
『伝説』という枕詞が付いてしまうほどの奇跡的な容姿はもちろんのこと、優しくて穏やかでありながら理知的で聡明でもあり、一見、全く非の打ち所の無い完璧に近い男である。
少なくとも、ガッチリした肉付きの良い容姿を好む人間だったら、まずだいたいが犬養の容姿も気に入るだろう。
渡良瀬も、吾妻も、その例に漏れなかった。
万道もそうではあったが、万道の場合だけはそれ以上のものがあった。
いずれも一般人のレベルからしたら性豪と言われてもおかしくないほど、三人とも精力も性欲も旺盛ではあるが、三人の中で一番若い万道は特に図抜けていた。
だから、人一倍犬養に対しても拘りがあった、というわけでもないのだろうが、犬養を意識しているうちに、ただ一人犬養の特殊性に気付き、意を決して夜這いを敢行したのだった。
結果として、犬養に感謝されることとなった夜這いを二夜続けて、誰も知らない、犬養本人でさえも完全には認知できていなかった犬養の本性を暴き、心の問題を明確にした。
もし、杓子定規に身体の関係だけを無理に現代社会の枠組みに適用させようとするならば、本来、万道の恋人は吾妻なのであって、犬養との営みは不倫に当たる。
が、彼らにそんな当て嵌めをするのは無粋だろう。
そもそも、万道の普段の営みには渡良瀬も絡むことが多いから、根底からして崩れているし、仕事上更に他人との交渉だって多々ある。
それに、万道は犬養に対して単に性欲を覚えているだけではない。
特に犬養の人となりを知れてからは、まるで弟のように気掛かりで心配な存在になっていたのだった。
当初、吾妻と二人で、もしくは、前回と同じく所長の渡良瀬も含めた三人全員で再び訪れるつもりだった計画は、仕事の都合により変更となり、ひとまず手が空けられるようになった万道一人が一足先に、持てる限りの差し入れ物資を持っての訪問となった。
急遽一人での訪問となった万道は、犬養へ連絡を取らなかった。
渡良瀬や吾妻も同行するのであれば必ず事前に連絡をして犬養の都合も聞くところだったのだが、とりあえず万道一人でとなったところで、万道はサプライズ訪問にしようと切り替えた。
もし万が一、他の宿泊客が居たとしても、万道一人ならば、犬養の部屋に入れてもらえば良い。と、そういう
そう、万道一人ならば必ずしも客間を必要とはしないのだ。
万道は犬養にとって心(と身体)のお兄ちゃんなのだから。
……そんなわけで、万道は一人、大荷物を背負って、落葉樹と針葉樹の入り交じる緩やかな山道をえっさほいさ登っているのだ。
前に来たときよりも、葉がある程度落ちてしまっている分、日差しがしっかりと射し込む道になっていたが、落ち葉のせいで前よりも道そのものが分かりづらくもなっている。
長いこと宿泊客を取っていないせいで、この道を通る人間がほとんど犬養一人だけとなってしまっているであろうことも、この道を余計に分かりづらくしているみたいだった。
地図とGPSを頼りに、一応は目的地に着けることは着けるのだから、と、少々道から外れてしまっても、歩けるところであればあまり気にせずに万道は進んでいた。
一般的な大人の男性で山に入り始めてから片道約2時間半。
万道はデブでもあるが、意外にも野生児的な能力を発揮することが前回の訪問で発覚しており、常人よりも山道は速い。
だが、今回に限ってはちょっと張り切って荷物を持ち過ぎたかもしれない。
それに、落ち葉がたまに湿っていて滑る。
背負いすぎた荷物で万道は、冬山登山のような慎重かつやや重苦しい足取りになってしまっていた。
雲一つ無い冬晴れだったはずの出発時の麓から、山荘に近づくにつれて空の色が一様に灰色になっていき、いつの間にか太陽の姿も全く見えなく、辺りの景色も、影もできないコントラストの低い水墨画のような世界へと様変わりしていった。
冬山の空は雲の存在がはっきりと分からないまま、いつの間にか一面が全て雲に覆われた曇天となっていたりする。
時間がはっきりと分からないときには、日没との区別も付けづらい。そんな変わりようだった。
ようやく万道が山荘へと着こうとしたとき、ちょうど屋内へと入ろうとしている犬養の後ろ姿を遠くに捕らえた。
「おーい!」
万道は思いっきり喉を開けて叫んだ。
その野太さは言語であることを分かりづらくするほどで、まるで、『熊の咆哮をイメージしてみたらこんな感じになりました』、みたいな感じになっていた。
犬養はハッとすぐに反応を示し、振り返りざまに呼び返した。
「万道さーん!」
万道よりも若々しくてすっきりとした声。
だが、ここで余計なことを言ってしまうと、アノときになると犬養の声は万道より低く逞しくなる。
ところで、万道の来訪は今回がまだたったの2度目、である。
にも関わらず、犬養の反応は声だけで瞬時に判別できていた、と思われるほど速かった。
そして、振り返って万道の姿を確認したところで遠巻きながらも万道がかなり多くの荷物を背負い込んでいることも認知できたらしく、犬養は万道に向かって一直線に走り出した。
力強く、重いのにドタドタしていない、余計な揺れが少ない安定した走りだ。
「大変だったでしょう? 持ちますよ」
最初に言いたいこと、言うべきことはもっとたくさんあったのだろうが、万道の実利を最優先させたところに犬養ならではの気遣いと機転の良さが伺い知れた。
が、
「いや、その前になんかもっとあるでしょ?」
万道としては重い荷物のことよりも、まずは順当にサプライズの部分に触れて欲しいらしかった。
合理はときどき心情に沿わないのがとても惜しい。
「いっぱいありますけど、とりあえず大きな荷物抱えてこんな遠いところまで来られたんじゃあさぞ大変だったでしょう」
犬養が再度促して、万道が素直に肩から荷を下ろそうとし、それを犬養が抱えようとしたところで、目に見える大きさの白い塊が一粒、二人の目の前をふわりと落ちていった。
「えっ、今の雪!?」
万道が驚くと、
「と、とにかく
まだ2度目の訪問とはいえ、勝手知ったる万道は犬養に言われたとおりに、空を見上げて曇天の灰色の中に白く乱反射する結晶の存在を探しつつ、先に山荘へと小走り。
犬養は万道の重い荷物を抱えながら、大きく揺らさない範囲でなるべく早足で後を追った。
万道は入口の手前で犬養を待ち、犬養が近くまで来たところで扉を開く。
「ありがとうございます」
と、犬養が大荷物を持ち込んだところで扉を閉めた。
犬養は入口すぐにあるベンチに大荷物を腰掛けさせると、
「お茶入れて来ますので、万道さんも座って休んでください」
と厨房へ引っ込んだ。
万道はまだちょっと気になっていて、入口の扉を僅かに開けて外の様子を眺めてみた。
先程見た一粒は雨にしては落ちる速度が遅く、また、軌道が一直線ではなく少し揺らいで見えたので雪だと思って心配したのだが、今のところそれ以降降り続いているわけではないようだった。
「雪、降ってます?」
犬養がお茶と菓子を持ってきて、それをテーブルに置きながら外を盗み見ている万道の背中に尋ねた。
万道は扉を再び閉めて振り返りながら、
「いや、今のところは大丈夫みたいだ」
ようやくベンチへと腰掛けた。
犬養も向かいに座りながら、
「ですよねぇ。雪なんてそうそう降るような所じゃないはずですものね。さっきのはちょっとびっくりしましたけど」
「『びっくり』ってどれのことを指してるんだよ?」
「どれもこれもですよ」
これでようやっと、最初のサプライズの話から始められるようになったらしい。
「万道さん、突然来られるんですもん。ここ山ん中ですし、最初熊が出たのかと思いましたよ」
犬養は若干茶化したのだが、
「その割には振り向く前にもう俺だって分かってた感じだったけどな」
万道は犬養に声を掛けたときの反応の良さが妙に生々しく記憶に残っていた。
「それは!」
犬養はやや語調を強めたのだがすぐに言い
「ぁ……その……」
白い肌の犬養の顔がほんのり赤くなっていった。
万道の方はごく自然に犬養の話を聴こうと耳を傾けていて、ただまっすぐに犬養を見詰めていたのだが、犬養の顔色の変化には気が付かなかったようだった。
寒さや重い荷物を運んだせいで赤くなっているのとの違いが今ひとつ分かりにくいということも気付かれない要因の一つだったのかもしれない。
犬養と話をするときに、ついつい犬養を直視し続けてしまう男は多い。
それは犬養の、『伝説の白熊』と呼ばれるほどの奇跡的な容姿に惹かれて、見とれてしまうからだ。
当の本人である犬養は奥手で人見知りでありながらも、やたらジロジロと注視されるということには当然気付いていて、そしてその理由も、ここ最近になってようやく理解と納得ができたというところでもあって、注視され続けることそのものにはある程度慣れてきてはいる状況にある。
だが、今回の場面ではある意味逆の現象が起こっていたようだった。
万道もついつい犬養を見続けてしまう一人、というか、ともすればそれ以上にガッつく男ではある。し、実際、ガッついた実績がある。
ただ、現時点ではまだ万道は特別色目を使うでもなく、ただただ『相変わらず良い男だ。さすが伝説級なだけある』と思う程度で普通に見ていただけだったのだが、その何気ない視線に犬養の方が過剰な反応を示してしまったのだ。
そこにはもちろん、ただ単に犬養が万道のその視線に惹かれたというだけではなくて、これから言おうとしていたことがどういう意味に捉えられてしまうか、どういう意味を孕んでいるかということを犬養本人が実際に発言する直前で万道の視線により気付いてしまった、ということが大きかった。
犬養は思わず言葉を忘れて万道の顔に見入ってしまう。
犬養を直視している万道と視線がもろにデュアルリンク双方向通信してしまうが、犬養の意識はその万道の瞳に吸い込まれた。
頬も含めた顔一面に生える髭面など、男過ぎる万道はその過去も含めて若干ダーティな印象を持たれることがややあったが、近年では良い具合に角が取れて落ち着いた雰囲気も醸し出すようになり、ダーティはダンディへと変貌を遂げていた。
性活面でも、逃げられる襲い掛かる一辺倒から、何でもデキる頼れる兄貴となって日々大変充実しており、そういったところから得られる自信と余裕が万道の魅力に輪を掛けていたかもしれない。
濃いめの茶色の瞳の縁に紫が入る犬養に対して、より薄い茶色の瞳と薄緑の縁の万道。
短く生え揃う全面ひげがその瞳をより澄んだものに見せ、肉厚な顔をビシッと引き締めていて、思いの外精悍に見える。
犬養が万道に見とれていたのは必ずしも犬養の万道に対する好意のせいばかりではなく、純粋にルックスだけで判断したとしても、今の万道は犬養と方向性こそ異なるがかなりのモテ黒熊なのだ。
あの『伝説』が生まれた店で、『伝説』に次いで2番目にモテたという話はダテじゃない。
「? どうかしたか?」
万道はまだ気付いていない。
いや、気付きようもないのだろう。
実際のところ、世間一般的には全くモテない浅黒毛むくじゃらデブ筋肉男ながらも局所的には大変需要がある万道は割と自信家な方で、根拠の無い自信を持つ能力に長けている。
だが、そんな万道でも、まさかあの伝説の(奥手の)白熊にのっけからこんなことを言われるとはまるっきり想像もできなかったであろう。
「聴きたい、と思っていた声が聞こえたから」
犬養もこの言葉にどんな意味が込められているか、言う直前に気付いてしまったものの、よく引っ込めないでちゃんと言ったものだ。
かつての犬養だったら、いや、もしかしたら今でも、相手が万道でなかったら言わずに引っ込めてしまっていたかもしれない。
万道は今や犬養が最も本音をひけらかすことのできる他人になっているのだ。
そうでなくとも、妙にどっしりと構えているように見える、自信に満ちた雰囲気の万道には何を言っても大丈夫そうな安心感がなぜか漂っている。
だが、普段だったら平気で受け流す、どころか図に乗るであろう万道は気が動転してしまってたじろいだ。
「っ!? ……」
こんな好意満点な言葉を聞いた日には、『渡りに船』もしくは『据え膳食わぬは男の恥』とばかりにグイグイ距離を詰めていくのが自信家万道の基本スタイル。
が、その相手が犬養ともなると、万道にとってですらちょっと良過ぎる相手だったみたいだ。
今度は万道の顔が、急速に赤くなる。
「あ、う、その……さ、差し入れ、持てるだけ持って来たんだ。犬養さんの買い出しが少しでも楽になればと思って」
「万道さん有り難う! 助かります!」
好青年の王道を行くような爽やかな笑顔がキラキラと輝いて見えて、万道はその眩しさに瞬きを頻繁に繰り返しながら照れを隠した。
「お、俺がドカ食いしちゃうから、目減りさせちゃうと思うんだけどさ」
「それも含めて、嬉しいです」
犬養の口調と表情が先程の爽やかさから優しく朗らかな方向へとシフトしてきて、大柄ながらにハンサムな顔に可愛らしさが加わっていた。
それを見た万道は激しく赤面しながら上気し、ポーーーっと沸騰を知らせる笛吹きケトルにでもなってしまったかのような気がしていた。
「万道さん、少し、……そっちに行っても良いですか?」
犬養は積極性の手綱を緩めなかった。
きっと、前回万道が帰ったときからずっと反省し、反芻していたのだろう。
素直な気持ちと行動を、引っ込めないで素直に出す勇気を。
素直にぶつけても良い相手、特に万道には、素直でありたいとずっと思ってきたのだ。
「当たり前だろ? 俺はお兄ちゃんだぞ」
万道もずっと上ずっているばかりではなかった。
犬養のことを人一倍気に掛けていた万道だから、犬養が自分から頼って来たときには躊躇なく手を広げて受け止めたいと考えてきた。
だから、いくら舞い上がっていようが、こうしてすぐにちゃんと受け止めることが出来たのだ。
犬養がテーブルを迂回して万道のベンチにやってくる。
万道は犬養のためのスペースを、余裕を持って作ったつもりだった。
だが、犬養はただ隣に座るどころかきっちりと間合いを詰めてぴったりと寄り添い、
「ありがとう」
そう言いながら万道の肩に
万道が犬養の肩を抱いてやると、
「万道さん、暖かい……」
犬養はそっと目を閉じた。
(こちらは体験版です)
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白熊の冬籠り
OpusNo. | Novel-084 |
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ReleaseDate | 2023-03-31 |
CopyRight © | 山牧田 湧進 |
& Author | (Yamakida Yuushin) |
Circle | Gradual Improvement |
URL | gi.dodoit.info |
個人で楽しんでいただく作品です。
個人の使用範疇を超える無断転載やコピー、
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(こちらは体験版です)