闇夜のヘラクレス 体験版
【まえがき】
※[ご注意ください]
【あらすじ】
偶然出会った理想の男は、闇の世界に閉ざされたヘラクレス。その男を救うために、何の力も持たない俺にできることは、ただ一つ。逃げて隠れることだけだった。恋のライバルを戦友として結託し、人生を投げ打って得た密やかな生活はどこへ向かっていくのか。
【主な登場人物】
北欧出身の孤児。身体能力に優れ、表向きは相撲、実際は闇売春を目的として日本に連れて来られる。闇売をせざるを得ない状況の中過労で朽ちてしまうところを智範に救われ、精力が落ちて闇売を続けられなくなる危機を裕治に救われる。そうは言っても元々の身体能力にプラスして闇売で鍛え上げられてしまっていたその精力は人間離れしていて、ときに本人がそれを持て余してしまうことも。
野能州 英人、帰化する前の名は、David Janos。
北欧の生まれ。孤児院で育つ、天涯孤独の身。身体が大きく、柔道で国の養育生となる。たまたま旅行で来ていた親方に見出されて、日本へ。
素質もさることながら大変な努力家で19歳という若さで十両へ昇進。その勢いのまま20歳で幕内へ。
一方その頃、親方と縁のある、とある権力者の娘を紹介され、結婚を前提とした付き合いを始める。
22歳で大関昇進の際に結婚。日本人として帰化。
しかし、横綱昇進を賭けた場所中に嫁の浮気・不倫報道がスクープされる。結果、離婚、そして、綱取りに失敗。
それから連続で負け越して、大関陥落。その後も負けこんで、24歳で十両転落。そこからわずか2場所で幕下転落が確定し、引退となった。
年寄株の取得もできずにそのまま廃業。その後、世間の明るみに出ることはなかった。
ある日のこと、俺は仕事休みの日で、ぶらぶらと散歩に出掛けていた。
普通の繁華街はつまらない。だから、俺はわざと普段は通らない道、人があまり通らない道を選んで歩いていた。
住宅が密集する市街地。なのに、人っ子一人見当たらない静けさと、夕暮れ前の斜めから差し込むアンバーの日の光と影が織りなす風景は、まるで写真でも見ているかのように何もかもが動きを止めてしまっているみたいだ。
俺は影の中をゆっくりと歩く。その先の建物の切れ目である小さな交差点には光が差し込んでいる。
その光の中に突然、大きな人影が現れた。スポットライトが当たっているかのように眩しく輝くその人物は紛れも無く俺の超タイプ。こんな人気の無いところで、こんな本理想を見られるなんて!
俺の目はそいつに釘付けになった。
身長は180cm超、いや、190cm近くあるかも知れない。背が高いだけでなくて横幅も広い。それでいて、締まった印象もある。筋骨隆々で脂肪も載っている、格闘家タイプの体つき。
スキンヘッドで北欧系の顔つきだが、鼻が高過ぎたり、彫りが深過ぎたりせず、柔和な顔つきだ。キリッとした眉のすぐ近くに位置する微妙に垂れた目が可愛い。正面からだと円を上下に延ばしたようなスッキリとした輪郭で頭は丸く、顎もエラも尖ってはいない。でも、横から見るとやはり頬がやや出っ張っていて、顎もしっかりしている。
顔の土台となる首がまた太くて、どっしりと安定している。肩口も当然、盛り上がっている。胸はもちろん張り出しているが、腹も結構張り出している。
足も外国人にありがちな細長い足ではなくて、太くて、それほど長くは見えない。長いのかもしれないが、太いせいで気にならない。
『ヘラクレス』。
俺の中に何故かその名前が浮かんだ。俺の中の勝手なイメージで、『ヘラクレス』が実在するとしたらこんな感じなんじゃないだろうか、とそう思ったのだ。
そいつはやけにキョロキョロと辺りを見回していて、何かを探しているのか、道に迷ったかといった感じだった。焦っているのか、俺が幾ら凝視していても全く気付く様子は無かった。
少ししてそいつは俺の方へと歩を進めてきた。日陰に入って、スポットライトが当たらなくなっても、そいつが俺に魅せつけるオーラは眩しかった。
だんだんと距離が狭まっていく。俺は思い切って声を掛けようかとも思ったのだが、そいつはするっと俺の脇を通り抜けて行ってしまった。
俺は無意識のうちに振り返る。そいつはまるで俺のことを気にしていない。俺は気になってしまって、つい、後を付けてしまった。
そいつが角を曲がって、俺が後に続こうとしたとき、突然、俺の視界が真っ暗になり、俺の身体は弾き飛ばされた。
「アッ、ゴメンナサイ。大丈夫デスカ?」
そいつが急に引き返したために俺とぶつかったのだ。俺は尻もちを付いたまま見上げる。目の前の屈強な男の全身に太陽の光が降り注ぎ、跳ね返る光は神々しくゴールドのオーラを纏っている。
俺は少し呆然としながらも目が離せないでいる。
「あっ、だ、大丈夫です」
「道ニ迷ッテイテ、注意不足デシタ」
そいつはフワッと俺の身体を包み込み、まるで子供でも抱き上げるかのように、俺を立ち上がらせてくれた。俺はもう、それだけでドキドキしてしまって、顔が熱い。それと同時に、今夜のオカズは決まった、などと
「ど、何処に行きたいんですか?」
と聞いてみると、そいつは、簡単な地図を持ち出して指を差した。
「ココニ行キタインデス」
俺はその地図を覗き込む。
「今はここに居ます」
俺がその地図上のポイントを指差すと、
「思ッタヨリ近クマデ来レテイタンデスネ」
と安堵の様子を窺わせる。
もう一方の手で行く先の方向を指差しながら、
「あそこの道を右の方へ行って、左側ですね」
と教えてあげると、そいつは
「分カリマシタ。アリガトウゴザイマス」
と言って、その道を行こうとした。俺は咄嗟に、
「ちょっと時間もらえませんか? 少しお話しませんか?」
と聞いてみた。そいつは時計を見ると、
「15分クライナラ、良イデスヨ」
と言ってくれた。
こんな考え方もおかしいのだが、日本人ならまず怪しまれるが、外国人ならば応じてくれるかも知れないと思って、思い切って言ってみたのが功を奏したみたいだ。
俺は、手近なところにある喫茶店を目にして、指を差しながら言う。
「あの喫茶店で、良いですか?」
「ハイ」
正直、話せるようになったところで、何から話したら良いのか分からなかったが、
「俺は、島田裕治と言います。……貴方を見て、正直、とても興味が湧いて、お誘いしてしまいました」
我ながら、大胆なことを言ってしまったものだと思った。でも、なんとなく、この人なら大丈夫なんじゃないかという直感もあった。それに、15分しか時間が無いのなら、それくらい実直に話さないと上っ面な世間話で終わってしまって意味が無い。
「私ヲ、知ラナイデスカ?」
予想外の返答だった。この人、有名人なのだろうか。
「すみません。さっきが初めてです」
「ソウデシタカ。相撲ヲ見テイタ方カト思イマシタガ、違ウノデスネ」
「相撲は見たことが無いんです」
「私ハ、野能州英人、ト申シマス」
「『やのすひでと』さん? 日本人っぽいお名前ですね」
「帰化シマシタ。元の名前は、David Janosです」
俺は、その日本名と元の名前を綴りを確認しながら頭に叩き込んだ。
しばらく話をして、もう間もなく15分も経とうという頃、俺はどうしてもこれ一度きりで終わりたくないという思いでいっぱいだった。考えあぐねた結果、やはり、単刀直入に正直に言った。
「正直に言います。俺は、貴方に一目惚れしました。貴方のことをもっと知りたい。また、会ってもらえませんか?」
英人は優しい微笑で、
「良イデスヨ」
俺が英人に対してしてきたこと、言ってきたことは、いつ「気持ち悪い。あっち行け」と言われても、場合によっては暴力を振るわれたりしてもおかしくなかった。
そう思うと、脈有り、もしくは、お仲間とも思えなくも無いのだが、単純にそうとも思えなかった。英人はひたすら温和だったのだ。そこにいやらしさは微塵も感じられなかった。
俺はもう英人のことで頭がいっぱいだった。もちろん、自慰のときも英人のことを思い浮かべていた。でも、俺は英人と体の関係を焦るよりも、もっとじっくりと英人の人となりを知りたいと思ったのだった。
俺はネットや図書館などで過去の資料を漁り、英人を外から見た場合の経歴を調べた。すると、どうしても気になるのが綱取り挑戦から幕下への急転落、廃業だ。どう見ても、今の英人でも充分現役で通用しそうなほど、英人の身体は充実しているように見える。ただの故障だけだったら、休場するだろう。英人は出場しながら負け続けているのだ。
そして、俺は英人と会うたびに少しずつ、慎重に、英人の内面、人となりを知り、英人という人間を理解しようと努めた。
俺は次第に英人に嵌まっていった。英人から感じられるもの、力強さ、優しさ、謙虚さ。しかし、俺がもっと気になっていたのは、どこか、寂しげで、悲しげで、儚げで、憂いを感じさせていたことだ。
そしてついに、俺は核心を突く質問をした。
「綱取り挑戦の場所、奥さんの浮気報道から後、一体、英人さんに何があったのか、教えてもらえませんか?」
それまでに俺も誠心誠意を尽くして、英人に接することで、英人も俺のことを信頼してくれるようになっていた。だからこそできる質問だった。
「……星ヲ売ラサレマシタ。浮気ハ私ノセイダト。慰謝料ヲ払ウ為ダト。勝ッテシマッタ日ニハ、凄ク、怒ラレテ、虐メラレマシタ」
あからさまにおかしな話だった。女の方が浮気をして、責任は男にあるのか? と。しかし、それにしても、おかし過ぎる。俺はその先を聞いてみた。
「それで、どうして廃業することになったのですか?」
「幕下ニ落チルト、給料ガ無クナリマス」
「相撲を辞めて、どうしたのですか?」
英人は思い詰めた表情でしばらく考え込んだ後、一見話が全く繋がらない質問を俺に返してきた。
「裕治ハ、……私ト寝タイデスカ?」
俺はその言葉そのものに凄く吃驚した。でも、これは俺を信頼する相手と見込んでくれた上で、俺が英人にしたような、俺に対する核心を突く質問なのだと理解した。だから、俺は実直に言う。
「俺は英人が好きです。英人のことをもっと知りたい。英人と寝られるのなら、俺は英人と寝たい」
英人は不意に涙を零した。瞳の真ん中から一直線に筋を描いていく。
「私ハ、貴方ヲ、抱クコトモ、抱カレルコトモ、デキナイ。……私ハ、身体ヲ売ル仕事、シテルカラ」
俺は正直ショックだった。でも、俺が取った、自分自身に正直な行動は、テーブルの上に置かれていた英人の手を取り、
「俺が英人に何かしてやれることはないのかな……」
俺は益々英人に嵌まってゆく。そして、あの言葉がショックで、しかし、あの言葉が俺の欲情にも火を付けた。
……客になれば、俺は英人と寝ることができる。
俺はどうすれば、客になれるのか、英人に聞いた。英人はしばらく渋っていたが、俺の真剣さに最終的には折れて、ひとつの連絡先を教えてくれた。
「マネージメントヲヤッテクレテイル人デス。ソノ人ト話ヲシテミテクダサイ」
なんとか聞き出した連絡先だったが、電話してみるとやはりすぐに切られそうになった。
「お掛け間違いになられていると思います。失礼……」
「英人さん。Davidさんから直接聞いたんです」
「英人……から?」
「お願いです。話だけでもさせてください」
なんとか直接会って話ができるということになり、俺は指定された場所へと向かった。
「英人には教えるなって言ってあるんですけどね」
話ができたとはいえ、相手の人は一貫して拒絶する態度を取っている。俺はどうにかしてこの人を説得しないと、これ以上、英人に近付くことができない。
「俺はその、どうしても英人が好きで、……英人が身体を売る仕事で生計を立てていると聞いて、俺に稼ぎがあったら身請けしたいところなんですが、俺にはそこまで力が無くて。でも、諦め切れなくて、一晩だけでも良いから英人と一緒に居たいって思って……」
「英人は……普通の売春夫じゃありません。下手に絡まない方が良い。いや、既に貴方は危険な領域に足を踏み入れている。下手に口外すると、貴方の身の安全も保障できません。諦めて身を退いて頂いた方が良いと思いますが」
俺にはその言葉の意味をちゃんと理解できていなかったのかもしれない。でも、どんなことよりも俺は英人ともっと近付きたいという想いで一杯だった。
「俺は、俺はダメなんですか? 英人に触れることも許されないんですか?」
「ふうっ……、英人は、高いですよ」
「なんとかします。幾らなんですか?」
「……今は、175万円です」
「!……あ、……い、今すぐには無理です。でも必ずなんとかします」
「どうして、そんなに貴方は……。特別に、貴方にお見せしましょうか。英人が普通じゃない理由を。それでもあなたは英人と寝たいのかどうか、考えてみると良いでしょう。ただし、口外すると貴方の命は無い。絶対に貴方の中にだけに留める必要がありますよ」
「……お願いします」
「それじゃ、こちらへ。付いて来てください」
着いたところは、小さな部屋だった。雰囲気だけで言えば屋根裏部屋っぽい。少し大きな覗き窓のようなものがあって、カーテンが掛かっている。
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
闇夜のヘラクレス
OpusNo. | Novel-005 |
---|---|
ReleaseDate | 2014-09-22 |
CopyRight © | 山牧田 湧進 |
& Author | (Yamakida Yuushin) |
Circle | Gradual Improvement |
URL | gi.dodoit.info |
個人で楽しんでいただく作品です。
個人の使用範疇を超える無断転載やコピー、
共有、アップロード等はしないでください。
(こちらは体験版です)