握手券一万枚で!? 体験版
【まえがき】
※[ご注意ください]
【あらすじ】
一発当てた後、ジリ貧の我輩の弱みに付け込んで僕を手篭めにした山那はしかし、俺のことが好きだというところだけは本当だったようで、俺の稼ぎの足しになるような企画を山那なりに真剣に考えてくれたらしい。
その結果が、えっ? 握手券付きの本の出版?
おいおい、それってもう使い古された手だし、俺みたいなのがそんなんやったって意味無いし赤(字)しか出ないでしょ。
って、思ったのだが、その企画の肝は『握手券をたくさん集めると、できることがクレードアップする』というところにあった。
100枚でなんと! いやいや、安過ぎるでしょ!? そんなこんなで『1,000枚でアレ』、という想定に。
もちろんそんなこと公の場では一切口に出さなかったんだけど、……来ちゃった。
想定を大きく超える、文字どおり桁が一つ違う、10,000枚の握手券。
しかも、数も想定を超えてきたならば、要求もその想定を超え……
握手券 一万揃えば 撮影付き
いや、ちょっと待って、それは流石に、って、なんで山那がノリノリやねん!
【主な登場人物】
※『芸人 山野純三』シリーズと同じキャラクターを使用していますが、パラレルワールドの話につき、若干の設定変更を行っています。
山那曰く、俺はゲイ寄りのバイなんだってさ。
自分では絶対にノーマル・ストレートだと思っていたのに、山那はそれを、『他人に良く見られたい』『他人に弱みを見せたくない』っていう気持ちの強さが本当の自分を隠してしまっただけだ、と、一刀両断した。
実際、理路整然と考える俺の思考の中では『男とのセックスなんてあり得ない』と考えていたはずなのに、混沌とした意識で、感じるままに動いた結果は、かつてないほどに燃え上がるセックスになってしまっていた。それは否定できない。
女とでは経験したことが無い、風俗でも経験したことが無い、これこそがやっと見つけた俺本来の性、とでも言わんばかりに世界の見え方が変わってしまったセックスになってしまっていたのだ。
そして、俺の何気ない思考や行動があまりにも『ゲイにアピールする方向に向いてい過ぎる』とも指摘された。
さらに、ストレートだと言う割には『女性に対する拘りが薄過ぎる』とも。
正直、その辺のことを考えようとするのは、げんなりものよ。
山那の言うとおり、本当の自分がバイだって分かったところで、人生におけるメリットなんてある?
いや、実際にそういう人達がいると分かっている現在の社会においては、こういうことを安易に言っちゃいけない、ってことは分かるんですけど、分かるんですけれども、……正直ぃ、メリットなんて無い、皆無に等しいよね。
そりゃあ、今だったらそれなりに認知もされてきたから昔ほど酷くはなくなってきているのかもしれないけれども、それでもまだ、無条件に差別されたり、批難されたり、見下されたりもすることも多々あるでしょう? 実際のとこ。
そういったところを無意識のうちに回避しようとして、本来の自分に蓋をしてストレートを装っていた、なんて指摘されたりすると、『そんなことあるかい!』と条件反射的かつ威圧的な態度で否定する一方で、やっぱりちょっと、もやもやとするモノがどことなく、なんとなく残っちゃうんだよね。
ほら、人間ってそんなに単純なもんじゃないじゃん? 複雑でカオスで清も
だから、頭ごなしに否定して思考停止、ってのもちょっと違うと思うのよ。いや、僕は、あくまでも我輩は、ね。
それに、本来の俺がどうとかあれこれ言う以前に、現実として、男とやって目覚めちゃった、ってことが否定できないんだよなぁ。正直言って。
オナニーを初めて覚えた以来の衝撃だったかなぁ。女との初体験とか、五反田修行とかが、
だけど、だからといって『ハイ、それじゃあ僕は今からゲイ寄りのバイになります!』とか、そう簡単に認めるわけにもいかないのよ。
だいたい俺、もう嫁も
まぁ、嫁には二人目をせびられるけど、もう何年も夜の営みを致していない、いわゆるセックスレスなんですけれどもね。
……ぁ、あー、だから『ゲイ寄りのバイ』って言われたのか。
ぃ、いや、そんなあっさりと簡単に
でも、すっぱりと認めることができるのであれば、むしろ、我輩の価値が活かされる側面もある、と山那は言うわけさ。
なにしろ、我輩、一部のゲイにはエラい人気がある。当のゴリッゴリのゲイである山那も、我輩のルックスについては、いつもべた褒めだ。
俺にそれなりの覚悟があれば、もっと、家族を養える稼ぎを生み出す方法もある、って山那は言うわけよ。
「本当は、俺に純三一家を養ってやれるだけの稼ぎがあれば良いのだけれど、流石にそこまでの稼ぎは俺には無いからなぁ。『囲ってやる』なんて格好付けて言っちゃったけど、現実には囲ってやれるだけのキャッシュフローが俺んとこには無い」
「いや、山那さん。僕も、そんなに、山那さんばかりにご迷惑をお掛けするわけには……」
「でもな、純三。俺はこれでも一応はプロデューサーの端くれだ。純三が稼げる仕事をプロデュースできるかもしれない。ちょっと、アイデア練るから、時間をくれないか?」
「すみません、山那さん。こんな、才能の無い僕のために」
「いや、違うぞ、純三。純三は、才能ある。その才能を活かせる仕事が今まで無かっただけなんだよ」
「山那さん、……山那さん! っありがとうございます!」
俺は思わず、感極まってしまって最敬礼級の謝意で直立不動。
そんな言い方されたら、嘘でも嬉しいやん。いや、『才能ある』の部分が嘘じゃ嫌だけど。そこが嬉しいんだから。
え? 才能の内容? そこは考えたら負けよ。
でもさあ……
かつて、俺を脅して犯してきたような酷い男が、こんなしおらしいこと言って、全面的に協力してくれる、っつうのも何か変というか、むず
要するにさあ、山那はそれだけ俺に
こんな風に言われちゃったら、俺もちょっとだけ、きゅん、ってなっちゃうじゃん?
なんか、切ない気持ちになっちゃってさぁ。
でもさあ……。
そういうのを、全部ひっくるめて、無限遠にぶっ飛ばすような提案を、山那は持ってきたんだよね。
「純三、今度、本出せよ、握手券付きで」
「はぁっ!?」
「純三の熱烈なファンが、握手券目当てで何冊でも購入するだろ」
「えーーっ」
なんちゅう突拍子もないこと言うねん、って思うわいな。流石の我輩でも。
「おまえに薄利多売は似合わないんだよ。おまえは八方美人的に満遍なく人気があるタイプじゃない。だけど、熱狂的なファンのその熱烈度にはもの凄いものがある。だから、その少数の熱狂的なファンをターゲットにした商売をすれば良いんだ」
いや山那の言わんとすることも分からなくはないよ?
でもさぁ、握手券なんて、『頭数ばっかり揃えて名前も覚えられない、って言うか覚える気にもなれない』アイドルグループじゃあるまいし、そんなんで我輩と嫁子供一家まとめて食えるほどの稼ぎなんて出る?
逆に、返本だらけで採算割れ起こして赤字とかなるんじゃないの? 最悪。
だいたい、
「でも、握手券なんて付けたところで、普通、1つで充分じゃないですか。握手が2回や3回に増えたって、そんなに嬉しくもないでしょ? 数売れなきゃ、儲けは出せないですよ」
でしょ?
それでも、山那の得意気な顔は我輩の鋭い指摘では全く崩れなかった。
いや、むしろ、思った通りの突っ込みが来たとでも言わんばかりにドヤ顔がドヤドヤニヤドヤドヤ顔くらいに増したのよ。
「そこだよ、純三」
「どこですか、山那さん↓」
ドヤに加えて勿体ぶる山那に呆れ果てる俺だが、一応は俺のためにと(本人は)至って真面目に提案しているみたいではあるので、聞かないわけにもいかないし、……面倒臭っ。
「握手が2回や3回に増えたってそんなに嬉しくない、ってとこだよ。例えばそれが、もし、握手以外のこともできる、としたらどうよ?」
山那の顔がどーん! 顔デカ! ってな感じでドアップに迫って来たように見えたのは、その得意気なデカい態度のせいなんだろうなぁ。
「握手券をたくさん集めると、やれることがグレードアップするようにするんだよ!」
デカい! 顔がデカい!!
そのドヤドアップやめれーや!
ただ、半分聞き流すような感じの俺ではあったのだが、『グレードアップ』という単語にはちょっと反応してしまって、思わずさらに突っ込んで聞いてしまった。
「ええっ!? た、例えば?」
「そうだな。5枚でハグ権にランクアップ。10枚でほっぺにキス、20枚で唇キッス、30枚でべろチュー。ん、で、100枚でなんと! 純三とセックスできちゃう」
なんやと?!!!
「いーやいやいやいや、ちょーっ、ちょーっと待て、山那! それは、・、流石に、・、あ! か! ん! や! ろ!」
「そう?」
何を安穏と構えとんねん山那は。
「100枚でセックスは安過ぎるやろ。仮に100冊売れたとして、印税幾ら入んねん」
「それもそうか。じゃあ、50枚で揉み揉みOK、100枚で手コキ可、200枚でフェラ、300枚ならごっくんしても良いことにして、500枚で純三にハメてもらえて、750枚で純三にハメて良し、1,000枚で自由にセックスしてOK、ってことにしようか」
「いやに細かく具体的なグレード展開やな」
俺は再び呆れて気怠げに突っ込んだ。
なんだこれ、新手の漫才のネタか? 面白いところなんて何一つ無いけど。
しっかし、この流れ、我輩の方に落ち度があったのだった。
「ってか、純三、セックス自体は拒否しないのな」
そう、俺はこの『セックスできちゃう』という提案そのものにツッコミを入れることを忘れていたのである。
ええか、これはうっかりミスであって、心にも無かったとか、気にも留めなかったとか、そういうことではないからな。そこんとこヨロシク。
「ぬお? あ。あーっ! ……いやいやいやいや、順番間違えたわ。あかん、あかんで。ファンの
これじゃ、遠回しに売○、いや、援交……やろ、良く言っても。それでも良くもないけど。
「ふふっ、実際、そんなの公表できるわけがないから、完全に裏メニューだけどさ。実際に公表できるのなんて、せいぜい、ほっぺにキスか、行っても、唇キッスぐらいまでだろ」
「いやいやいや、それでも充分おかしいと思いますけどね。だいたい、仮にそれを公表したとして、男がまとめ買いなんてできますぅ?」
「お、純三、すっかり、ターゲットが男だって認識できてんじゃん」
「ぐ、……だ、だって、女の人が握手券目当てで僕の本なんて、買うわけがないでしょうよ」
「あはは、純三はすっかり女性人気を諦めてんのな。まぁ、5枚でハグまで公表することにして、その先は枚数だけちょろっと出して匂わせてみるとかでどうだ?」
……
おかしいんだよ? いろいろとおかしいんだよ?
でも、なんだか、言い包められて、上手いこと落とし所を見繕われてしまった感も無くもなくって、簡単に却下できるような気分でも雰囲気でもなくなってしまったのだ。
「ぅぅぅ……、そんなんで、本当に売れるんですかねぇ?」
「まぁ、とりあえず、関係者に声掛けて人集めてみるよ」
んで、本当に握手券付きの本、出すことになっちゃった。
いわゆるファンブック的な?
こんなの誰が興味あんねん、って思うような我輩の超適当な自伝とかエッセイが少々、に写真がドバーンと大量に。
ジャ2ーズもびっくりのスーパーアイドル本みたいな構成で、なのに、載っているのは全部オッサン、我輩。超、ハズカシー。
僕、アイドルでもグラビアモデルでも、なんでもないのに。
流石に写真集という言い方はしなかったし、むしろ、そういう言い方は避けたのよ。
こんなデブオッサンで写真集とか言っちゃうと、ほら、悪ノリ企画のイロ物って思われちゃうじゃん? 実際のところ、まぁ、そうなんだけど。
でも、やっぱり、ほら、根っこんところは真面目、……真面目? 真面目かなぁ。稼ぎが欲しい、ってところは真面目だよ。んー、でも……
ただの色モノ、ってところだけはやっぱり避けておきたかったのよ。うん。
で、当初の話のとおり、5枚でハグにグレードアップという条件が公表されて、『10枚だと……?』みたいな匂わせもしちゃった。(あれ? これ、やっぱり、色モノだな、こりゃ。)
もちろん、その先の20枚だとか30枚だとか、ましてや1,000枚なんて、全くおくびにも出さなかったよ。匂わせたのも10枚の分だけだった。
正直、そんなんで本が売れたりするもんなのか、俺は半信半疑だったよ。
……でも、実はその逆の心配も。
どんだけ自信過剰なんだよ俺、って感じだけど、正直、逆の心配もちょっとはあったことは否めなかった。
「でもさ、でもですよ? トンデモナイのが、とんでもない枚数集めて来ちゃったらどうします? 俺、誰でも良い、なんて自信無いよ」
「あぁ、別に公表したわけじゃないんだし、その辺は
「例えば、例えばよ? 集団で来られたらどうする? 集団にたらい回しにされて、俺、ボロッボロのぼろ雑巾みたいにされちゃったらどうする?」
「それはちょっと個人的に見てみたいなぁ」
「おいこら山那」
「う~ん、流石に、同時に何人もってのは、断った方が良いかなぁ」
こういうのって、一旦考え始めちゃうと幾らでも最悪の展開が思い浮かんでくるもんだよね、不思議と。
実際のところ、本が発売されて世に出てみると、やっぱりというか当然というか、あまり芳しくない動向。
まぁ、余計な心配をしたもんですわ、本当に。
世間はそんなに甘くないよ。
それに、最近は本そのものの売れ行きが全般的に落ちてるからさぁ。初版の刷数なんかも少ないわけよ。
こりゃ、1000枚なんて到底無理だわ。考えただけ無駄だった、と思ったね。
ただ、元はといえば嫁と子供を食わせて俺も食っていくための方策ではあったわけで、売れなかったから安心、なんて言ってちゃいけないのよ、本当は。
一遍に握手券1000枚とか持って来られるのは勘弁だけど、本そのものは馬鹿売れして欲しいわけよ。
そうねえ、少なくとも一万部くらいは。いや、できれば三十万部とか、うー、あのFire Flower(ちゃんと英訳するならSparkの方が合っているのかもしれないけど)を超える三百万部とか(ぼそっ)。流石に最後のは冗談だけど。
こんな内容で三百万なんて売れたら、逆に俺が人間不信、というか、世間を信用できなくなるわ。
ところが、その後、我輩は驚くべき数字を、耳にすることになる。
なんでも、握手券だけの一括オーダー(まぁ、握手券目的のまとめ買いで本なんて嵩張る物要らんもんなぁ)だそうで、
「聞いて驚くなよ」
「ええ、驚きませんよ」
山那は何かと大袈裟なんだよ。どうせ、大した話じゃないんだろ?
「10,000枚、だ」
「ふーん、一万枚ねぇ。ほぉーん、一万枚ねえ……」
ん? なんか、我輩のリアクション、おかしかったりする? なんか、不穏な静寂が漂っているけど。
!?
「えっ? い、一万枚!? 一万枚!?!? 一万円分の間違いとかじゃなくて!?」
「一万円分なんて、そんな位だったら、普通に本買えばいいじゃん。一万枚だよ。一人で、一万枚」
「そりゃ、そんなに同じ本ばっか買っても、運搬も置き場所も処分にも困りますもんねぇ」
言っていて自分で分かる。今の我輩のリアクション、完全に的が外れてるわ。
そう、本来するべきリアクションはこれ。山那が指摘してくれる。
「正直、俺達が話したときは1,000枚でアレ、だったじゃん?」
(こちらは体験版です)
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握手券一万枚で!?
山野 純三 平行世界 2
OpusNo. | Novel-045 |
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ReleaseDate | 2018-01-09 |
CopyRight © | 山牧田 湧進 |
& Author | (Yamakida Yuushin) |
Circle | Gradual Improvement |
URL | gi.dodoit.info |
個人で楽しんでいただく作品です。
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(こちらは体験版です)