隣の息子 体験版
【まえがき】
※[ご注意ください]
【あらすじ】
ボロ安アパートの隣に住んでいたおっさんが引っ越して、その後に入った人は僕より一つ年下でおっさんによく似た、おっさんと同じ苗字の人だった。
人懐っこく僕を頼ってくるそいつは、ある日突然、おっさんと同じ格好と言動を繰り返しながら、混乱する僕を抱いてきた。
おっさんの息子。しかし、その息子の真意は僕ではない、別の人へと向いていた。
【主な登場人物】
僕の部屋のお隣さんは引っ越していった。
家具や荷物はほとんど、何故か、そのままで。だけどもう、誰も居ない。
薄壁のボロアパートはちょっとした生活音でも聞こえてしまう。共に暮らしては居なくとも、部屋に居て起きている、あるいはいびきをかいている、くらいのことは分かってしまう。
それが、今はシーンと静まり返ったままだ。このアパートは各階に二部屋ずつしかないから、今は本当に静かだ。
静かになって、勉学に集中できて良い。普通ならそう思うだろう。
でも、隣のおっさん、本間進さんは僕を魅了して止まない、素敵なおっさんだった。恋心もあり、憧れでもあった。
いつかは僕も、あんな素敵なおっさんになりたい。自分の身体を見回して、自分の顔を100均の手鏡で見てみる。
あ、こりゃ無理だ。時既に遅しだ。背丈も骨格も今からじゃおっさんに追い付けない。顔は言うまでもなく負けている。
でも、せめてちょっとは身体を鍛えるくらいのことはしておかないとな。
本間さんは47歳。もうそろそろ48か。だらけた服装をしているとなかなか気付かないが、実は40前だと言われても疑わないほどかっちりとした顔、身体をしている。中身はしっかり47だと本人は言ってはいたが、それでも、僕よりも体力があるかもしれない。
その本間さんが、歳を取ってくるとまずはきちんと体調を整えないことにはやりたいことも出来なくなってくる、やりたいとも思えなくなってくる、とそう教えてくれた。
勉学だけやっていこうとしても、そう遠くない将来、衰えた身体に引き摺られて満足にできなくなる時がやってくる。なるべくそうならないために、体力と健康。土台をしっかりしておかないと。
とはいえ、貧乏苦学生の僕がトレーニングジムなど通えるわけでもなく、機器を買い込むのもなんか微妙だ。いきなりそんな形から入らなくても、できることはたくさんある。腕立て伏せ、腹筋、背筋、だけじゃない。
例えば、目を瞑って片足立ちしてみる。すぐにぐら付くが、それを何とか堪えようとすると足首や脹脛周辺が鍛えられる、同時に自律神経も鍛えられる。
手と手を合わせて押し合うだけでも筋トレになる。肘と肘で押し合うようにすれば胸筋にもクる。
そして、手鏡を覗いて、いろんな顔をしてみる。うわっ、キモい。見たくない気持ちを抑えて、表情筋も鍛える。少しでも、良い表情ができた方が、それはそれで、その方が良いだろう。ベースはほとんどどうしようもないけど、本間さんと同じように仕草で積み増しできる魅力もあるのだから。
本間さんとは完全にお終いではない。状況が許せば、また逢うこともできる。ただ、無理はしないし、させたくない。本間さんには本間さんの人生と家庭があって、僕とのことはその中の隅っこのごく一部でしかないからだ。
でも、今度もし、逢えたときに、少しでも成長した自分を見せることができれば、なんて思う。
隣の空き家状態は一ヶ月近くに及んだ。まぁ、単純に考えれば、そんな簡単に次の住人が入ってくるとは限らないわけで、数ヶ月空いたとしても全然おかしくはないのだが。
夜、まださほど遅くは無い時間に、僕の部屋のドアがノックされた。
「夜分恐れ入ります。隣の部屋に越して来ました、本間と申します」
「ほ、本間さん?」
あの本間さんの声にちょっと似ている、でも、本間さんだったら今更こんな言い方しないだろうし、ちょっと声が若い。僕は慌ててドアを開けた。
「初めまして、本間と申します。隣の部屋に越して来ましたので、よろしくお願いします」
「あ、木上です。よろしくお願いします。あの、本間さんて」
「はい?」
「あの、荷物とか、まだ、部屋に残ってますよね」
「あぁ、前の方が使って良いと譲ってくださりまして」
「え? あぁ、そういうことなんですか」
「オレも家財道具とか全然持っていないんで、助かりました」
『前の方』か。苗字の一致は偶然なのか。『本間』って姓はそんなに多いんだったっけ?
「前の方も本間さんって方だったので、びっくりしました」
「あ、そうですよね。オレもびっくりでしたよ。ところで、木上さんて、ひょっとして同い年だったりしますかね? オレ、22で今年23なんですけど」
「あ、僕は23で今年24なんで1こ上ですね」
「そうでしたか~。お兄さんでしたか。いろいろとご迷惑お掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」
「あ、いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
それにしても、本当に他人とは思えない。本間さんよりもやや背が高く、本間さんよりも少々ゴツい。若いせいか本間さんよりも角張った感じに見える。
歳だって、本間さんは結婚して24年になるって言っていたから、これくらいのお子さんが居てもなんら不思議は無い。でも、子供の話は一度もしなかったなぁ。
でも、あの物言いは他人のそれだった。なんだか、混乱する。
本間さんの部屋に行けなくなってから随分になる。今は逆に、偶にではあるが、新しく部屋に入った若い本間くんがちょっとした物を借りに来たり、返しに来たり程度だが僕の部屋に訪れる。
ただ、その日の晩はちょっとした、では済まない借り物だった。
「木上さ~ん。済みませ~ん」
また、何か足りない物でもあるのかな? と思いながら、ドアを開ける。
「どうしたの?」
見ると、洗濯カゴに目一杯洗濯物を抱えた本間くんの姿が。
「あの、うちの洗濯機が壊れちゃって、新しいの買おうとしたんですけど、給料日前で、で、もう着れるもんなくなっちゃって。済みませんが洗濯機使わせてもらえないすか?」
「あ、あぁ、そうなんだ。良いよ、どうぞ」
「済みません。お邪魔します」
「大変だったねぇ」
「えぇ、困っちゃいました」
洗濯物を洗濯機に放り込む本間くんを眺めていると、途中まで僕は気付いていなかったのだが、連休だったせいか普段のヒゲ以外にもうっすらと無精髭が生えた本間くんは益々、本間さんに似ているように見えた。って、その格好は、本間さんのスウェット!
「す、進さん」
思わず口にしてしまって、ハッとした。ところが、
「どうした? 兄ちゃん」
(こちらは体験版です)
(こちらは体験版です)
隣の息子
隣のおっさん 2
OpusNo. | Novel-014 |
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ReleaseDate | 2015-02-28 |
CopyRight © | 山牧田 湧進 |
& Author | (Yamakida Yuushin) |
Circle | Gradual Improvement |
URL | gi.dodoit.info |
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(こちらは体験版です)