Fitzpatric 体験版

Cover


【まえがき】


※[ご注意ください]



【あらすじ】


 何においてもそこそこ恵まれた人生を歩んできた。本当の自分なんて知る必要などなかった。


 一連の仕組まれた出来事の中で最高の男に出会い、今まで気付こうともしてこなかった本当の自分に気付いてしまう。しかし、それは同時に、満ち足りていたはずの人生に渇望を呼び込んでしまった。


 欲する必要すらなかったのに、欲すれば欲するほど、失っていくものがある。

 本当の自分を知ること、果たしてそれは幸せなことなのか。


【主な登場人物】





【目次】


表紙

まえがき

あらすじ

主な登場人物

第1章 衝撃

第2章 新しい世界

第3章 バースディ

第4章 ライオネル

第5章 試練

第6章 行けるところまで

奥付

第1章 衝撃

「あんたはこっち側の人間のはずだ」

 俺に張り倒された男は尻餅に後ろ手を付いて、鋭い視線を投げ付けてきた。

 そう、俺は油断していた。この男にいきなり熱いキスと質感を試すような愛撫を受けて、驚いて一瞬フリーズしたのちにカッとなって突き飛ばしたのだ。

 そんなことあるものか。お前なんかに俺の何が分かる……。




 ナルシストと言われてしまうかも知れないが、俺は自分の容姿にはそれなりに自信を持っている。それは、俺が過去、相手に不足することが無かったことが証明しているだろう。そのせいか、なんとなく彼女が出来て、付き合っては別れを繰り返し、なんとなくセックスして、なんとなく子供ができて、なんとなく結婚した。

 しかし、……


 パーティー好きのワイフが、今夜もまたパーティーを開くという。だが、俺もそんなに嫌いじゃない。コスプレをして、違う何かに成りきった自分を見るのが、俺は好きだった。

 今宵のテーマはヒーロー&ヒロインだという。俺はベタながらもスパイダーマンの格好を選んだ。赤と青の全身タイツはフリーサイズといいながらも背の高い俺にはキツくて、着込むのにも一苦労だ。ワイフにも手伝ってもらいながら、やっとの思いで首下までを詰め込んだ。


「ありがとう。君も支度があるだろうから、後は自分でやるよ」

 紳士なフリをしているが、俺は単にポージングを決めながら悦に入る自分をワイフに見られたくなかっただけだ。俺はワイフをメイクルームにエスコートすると、一人書斎に戻って大きな姿見を覗き込む。

 書斎だというのに、本棚よりも鏡の方が目立つ部屋だ。ワイフにもおかしいと言われたが、

「書斎であろうとも身だしなみは大切だろう?」

 という屁理屈で持ち込んだものだ。


 全身タイツは体型をハッキリと映し出す。俺は特別鍛えているというほどのことはしていなかったが、元々骨格に恵まれていて見栄えが良い。結婚して、幸せ太りとかパーティー太りとか言われることもあるが、肩周りや胸周りにも肉が付き易い体質らしく、むしろバルクアップした印象にもなる。スパイダーマンとしては身軽な感じに乏しいとは言えるが。

 でも、そんなことはどうでも良いのだ。コスプレの衣装が主役なんじゃない。その中身が主役なのだ。コスプレなんてただのきっかけだけでしかない。後はその中身である俺がどれだけ男としての魅力に溢れているか、ということだ。


「やっぱり顔までは被らない方が決まっているな」

 俺は鏡に映る自分を見つめながら呟いた。俺は自分の顔にもそこそこ自信があった。割とハッキリとした目鼻立ちをしているが、痩せてはいないので尖った印象はない。表情が映える顔をしているがキツ過ぎないのだ。この顔をタイツで隠してしまうのは勿体無かった。

「よし、今日は一仕事終えたヒーローってところで行こうか」

 俺はコスプレのヒーローとは全く関係のないポーズを取りながらシチュエーションを決めた。そして、幾つものポーズをデジカメに収めた。


 赤ん坊をベイビーシッターに預けて、客を迎え入れる。客の大半はワイフの知り合いだ。ワイフは異様に顔が広い。というか、端から見ていると、まるでスターかなにかみたいだ。彼女はきっと、『世界は自分を中心に回っている』とでも思っているんじゃないか。

 男友達も多くて、あまりの馴れ馴れしさに浮気を疑ってしまう奴もいる。まあ、いざとなったらDNA鑑定でもやれば良いだろう。俺も人のことを言えないしな。お互いに上手いことヨロシクやっていれば良いんじゃないかな。


 パーティーが始まって、場が馴染んでくると、いつの間にか俺の周りにはワイフの女友達がたむろしていた。みんな俺に興味があるのだろう。適当な受け答えをしながら様子を窺ってみると、既に一部で争奪戦が始まっているみたいだった。おいおい、お前ら、仮にも俺が彼女の夫であるということを全く忘れているみたいだな。それとも、そんなことは関係無いということか。

 ふと、もう一つの人だかりを見る。中心に居るのはワイフだ。あいつも一段と気合いが入っているな。お気に入りを物色して、いつ抜け駆けするか算段でも考えているのだろう。過度なスキンシップを周りの男達に繰り返している。

 対して俺の方は、自分からは余り積極的に動かなかった。というか、いつもそうだ。俺は自分の見栄えには人一倍気に掛けるが、彼女たちへ積極的にモーションを掛ける方ではなかったのだ。待っているだけの女達はそこで振り落とされる。


 夜も更けてきて人も散り散りになってくると、諦めた女達は俺の目の前から姿を消して、視界が少しだけすっきりと開けてきていた。酔いも回ってきて、次第に周りへの気配りが疎かになり、行動が原始的かつ利己的になってゆく。今なら、何をしても覚えている人なんてほとんど居ないだろう。他人のことなら尚更だ、そんなときだった。


 開けた視界を縫って一人の男が近付いてきた。小洒落た感じだが、やや華奢な印象も受ける、ちょっと中性的な男だった。その男が、俺の近くで虎視眈々と俺を狙っていた女達を差し置いて、真っ直ぐに俺に近付き、真っ直ぐに俺の唇へとぶつかってきたのだ。

 俺は正直、吃驚して、動揺した。一言も会話を交わしたことのない男が、いきなりキスをしてくるなんて。ゲイの存在は知っている。しかし、所詮は他人事、別世界のことだと思っていたのだ。その、俺にとっての『異星人エイリアン』が、そっちの世界の挨拶なのか知らないが、いきなり俺にディープキスを仕掛けてきた。俺の世界では挨拶の範疇を超えた、セックスの入り口のキスだ。

 俺が動揺している間に、その異星人はさらに、俺の男を触り、さすり、握ってきたのだ。俺は動揺を極めた。そして、とっに取った俺の行動が、その異星人を突き飛ばす、ということだったのだ。


 突き飛ばした先がたまたまソファであって良かった。奴は床に尻餅を付いたが、上体はソファにぶつかって大事には至らずに済んだ。いくら酒の席だと言っても、こんなところで傷害事件なんて洒落にならない。


 その異星人が初めて俺に向けたセリフが、

「あんたはこっち側の人間のはずだ」

 だ。


 『こっち側』というのが何を指しているのかはすぐに分かった。俺は腹が立っていた。そのしつけな行動はもちろん、開口一番のセリフがまた非常識極まりなかった。仮にそんな腹立たしさを差し置いたとしても、初対面のお前に、一体、俺の何が分かると言うんだ?


「済まない、酔いが回り過ぎたようだ。僕はこの辺で失礼するよ」

 一呼吸置いて、取り繕うように極力紳士的なセリフを残して、俺は会場を去った。


 ……あぁ、今日はとんでもない日だった。俺は収穫が無いどころか、何か喪失感さえ感じる気分に落ち込んでいた。早々にリタイアした俺をチャンスと見て、あいつはヒラヒラと飛び回っているのだろうか。俺は全ての気力を失ったままシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。

 まるで不貞寝のようにうずくまって、気怠さのままに緩やかに眠りに落ちた。それがいけなかったのかもしれない。浅い眠りに、俺は夢を見た。


 ……俺は抱かれていた。男に、男に抱かれていたのだ。相手の男がどんな風貌だったのかはあまり覚えていない。と言うより、元々のイメージがハッキリとしていなかったんだろう。しかし、俺にとって衝撃的だったのは、とてつもなく気持ち良かったという感覚がハッキリと残っていたことだった。具体的にどこがどうなんてのは無かった。ただ、その気持ちの良さは初めて性に目覚めたときと比べられるくらいの衝撃だったのだ。脳が明らかに満足し切っていて、目の前に開けた世界は明るくて眩しかった。

 さらに衝撃的だったのは、朝勃ちに若干の痛みが残っていたことだった。調べると、シーツとブランケットの一部に不自然なゴワつきを見つけた。……俺は、あろうことか、その夢を見て、夢精してしまっていたらしいのだ。夢精なんて、俺自身が知り得る限り一度も無い。俺の人生で初めてのことだったのだ。


 意識がハッキリとしてくるに連れて、俺は気落ちしていった。人生で一、二を争うような、めくるめく快感が夢、それも男に抱かれた夢によってもたらされたものだなんて。……悪夢だ。

 それでも一日は始まってゆく。俺は頭を抱えながら、仕方なく起き上がった。忙しくしていれば、次第に忘れられるだろう。そういう意味でも、早くベッドを抜け出した方が良かったのだ。


 寝室を出ようとしてドアを開けたところで一枚のカードが落ちていることに気付いた。何だろうと思って拾い上げてみると、バーか何かのショップの名刺だった。ふと、昨夜の男を思い出した。こんなことをする奴は多分あいつしか居ないだろう。全く、腹立たしい。せっかく俺が全てを忘れようとして一歩を踏み出したところで、俺は出鼻を挫かれた。

 でも、何故だか俺はそのカードをゴミ箱に放り投げることが出来ずに、ジャケットのポケットへと滑り込ませた。俺はその店に文句を言いに行ってやるつもりだったのだ。

 こういうことは間を置かない方が良い。無駄に考える時間が長くなってしまうからだ。ダラダラと考え込んでいると忘れることすら難しくなってしまう。俺はその晩、早々にバーへと踏み込んで行った。


 俺は文句を言ってやるつもりだったから、勢い込んで店のドアを開け、飛び込んだ。

 しかし、俺の勢いはまたもや出鼻を挫かれた。店に入るなり、俺は客も含めた店内の全員に一斉に凝視された。その勢いに逆に圧倒されてしまったのだ。さらに、ほとんどの人間が俺を一瞥では済まさずに、さらに舐め回すように、値踏みするようにじっくりと視線を浴びせ続けてくる。中には既に求愛のオーラを発している奴も何人も居て、下手に目を合わせようでもしたら合意だと勘違いされてしまいそうな雰囲気だった。


 俺は仕方無く、誰とも目を合わせないように気を付けながらも昨夜のしつけな野郎を探した。……奴はカウンターの中に居た。俺はカウンターに向かって歩き出した。すると、最初から俺に気付いていたはずの奴は事も無げに言い放った。

「いらっしゃい。何にする?」

 俺はこの一言にムッとしたものの、逆にスムーズに返すことができた。

「俺は客じゃない。俺はお前に文句を言いに来たんだ。こんなものを俺の家に置いていくな」

 カウンターに向かってフリスビーのようにカードを放り投げると、俺はきびすを返して帰ろうとした。しかし、僅かに振り返っただけのタイミングでそいつは平然と返してきた。

「これだけのためにわざわざ此処ここまで出向いて来たの?」

 俺はハッと気付かされた。確かに、たかだかこの一言を言う為だけに払った俺の労力は随分と高いものだ。……いやいや、俺はキッパリとケジメを付けて全てを忘れるために来たのだ。ここまでずっと俺はペースを乱されっ放しだった。最後の最後くらい俺のペースを貫かなければ。


 俺は返事もせずにそのまま店を出ようとした。扉を開けて境界線の内側へと、異世界のフィールドから抜け戻った瞬間、俺は男にぶつかった。

 男はまるで俺がぶつかって来るのを予見していたかのように、俺を抱き止めてきた。二つの太い腕が俺の背中に回され、充実した腹に圧迫され、その熱い熱量に圧倒される。

 背格好は俺と同じ位、いや、正確には俺ほどの背丈は無いみたいで、その代わりに俺よりも幅のある奴だ。洗練された、垢抜けた、という表現からは対極にあるような武骨で野放図な感じ。男の本来をだらしなく垂れ流し続けているように見える奴だった。


 俺と同じくらい大きな奴に抱きしめられて初めて気付く、こんな熱さを与えられたのは初めてのことだ。もしも、俺自身にもこんな熱さがあるのだとしたら、俺は今まで、それを与える側の人間だったということなのだろう。


 俺は動揺を抑えられないまま、つい、至近距離で男と目を合わせてしまった。

 奴のふてぶてしくも優しい笑みに俺は少し怯えた目をしていただろう。俺の気は完全に奴に食われていた。

 そして、俺は昨夜の夢を思い起こしてしまった。俺を抱いていた男が今、ちょうど目の前に居て俺を抱きしめている、こいつのような感じだった気がする。そう思うと、あのときのめくるめく快感の記憶までもが蘇ってきてしまう。


「オレも昨日のパーティーに参加していたんだけど、覚えてないかな?」

 男は俺にささいてくる。いや、冷静に考えれば、普通に喋っただけなのかも知れない。でも俺は、その声にまるで愛の囁きのようなイメージを持ってしまったのだ。率直に言って、その声はとても柔らかくて、優しくて、洗練された都会的な冷たさが微塵も無い、素朴で大らかで身体同様に俺を包み込んでくるような声だと思った。

 俺は正気を取り戻せずに、言葉を返すことも出来ずに、やっと首を横に振ることしかできなかった。


 男は俺を抱きかかえたまま、囁きを続ける。

「少しオレと話さないかい? 普通のところで、普通の話ができればそれで良いんだ」

 俺はふわりとした浮遊感に包まれながらもやっとの思いで言う。

「……わ、分かりました。……でも、とりあえず、この手をほどいてくれませんか?」

 男はニッコリと微笑むと両手を解いてくれた。しかし、その内の片方はそのまま俺の手を握ってきた。

 この男はてのひらも熱い。俺はこの程度のことでも、さっきまでと同じ熱量を感じ取ってしまう。全く冷静さを取り戻せなかった。

「キミが逃げ出さないようにね」

 男は微笑みのまま、歩き出す。俺は慌てたように、

「に、逃げ出さない、逃げたりしないから……」

 男は俺の言葉に耳を貸さずに俺を引っ張り続けた。俺はずっとフワフワと浮いていて、ドキドキとしていた。

 ……俺、こんな風にリードされたことなんてなかったから、……いやいや、何を思っているんだ、俺は。でも、この界隈でこんな風に手を繋がれて歩いていたら、どこからどう見ても成立したカップルにしか見えなかっただろう。


 界隈を抜けたすぐ先のレストランの入り口で、男はようやく手を放してくれた。しかし、その手は今度は俺の腰に回り、まるでエスコートされている女性にでもなったかのような状態でレストランのゲートをくぐる。

 男は椅子席を避けて、わざわざ奥のコーナーのL字型をしたソファ席を選ぶ。俺はまるでレディファースト的な持て成しを受けて、先にソファへと促された。


「任されても良いかな?」

 男が話す。俺には断る理由が無い。

「OK」

 男は食前酒として強いウイスキーをストレートで頼んだ。


「まずはとりあえず乾杯だ」

「か、乾杯」

 俺は軽くむせた。そういえば、強い酒をそのままに近い状態で飲んだ経験が殆ど無い。

「飲もうと思わなくて良いんだ。舐めるくらいのつもりで少し口に含んで、舌の上で温まるにつれて広がる香りを楽しむんだ」


 言われた通りにしてみる。なるほどこういう楽しみ方もあるんだな。俺は何となく少し気が楽になった。この男にはどこか身構えなくても良いような、フレンドリーな雰囲気が漂っている。


 間もなく食事が始まり、しばらくは本当に普通の話をしていた。俺はこの男のことを全然知らなかったし、向こうも俺のことで知っていることは全てワイフのフィルターが掛かっている。

 普通の話でもそれなりに盛り上がった。俺はこの男とは友達になれそうだ、と思い始めていた。しかし、そんな普通の展開はこの男の発言をきっかけに大きく方向転換をし始めた。


「で、どうしてキミは彼女と結婚したんだい?」

「子供ができちゃってね。よくある話だろ?」

「理由はそれだけなのかい?」

 俺は返事に詰まった。言葉が浮かばない。当たり前だ。だって、それ以外の理由なんて一つも思い浮かばなかったし、多分当時ですら、理由はその一つしかなかったはずだからだ。

「そ、それは……」

「キミにはまだ沢山の可能性がある。もう少し広く世界を見てみても良いんじゃないかな」

 俺は話題がずれて、追及を逃れたことにホッとしながらも、新たな話題の論点が今一つ掴めずに困惑した。

「ど、どういう意味なのかな? もう少し具体的に頼むよ」

 男は座る位置をずらして、俺との距離を詰めてきた。俺の瞳の奥を見透かすために覗き込むような姿勢を取りながら、

「例えばさ……」

 俺は近付いてくる男の顔に気を取られていたが、男の方の真意は別のところにあったみたいだ。急に俺の左手が熱気に包まれる。俺は、また、この男に手を握られていたのだ。俺はまたもや熱にほだされる。ヤバい、この男の熱は媚薬だ。ふわふわと浮いてしまって、地に足が着かなくなってしまう。

「オレに一夜をゆだねてみるとかさ」


(こちらは体験版です)

第2章 新しい世界


(こちらは体験版です)

第3章 バースディ


(こちらは体験版です)

第4章 ライオネル


(こちらは体験版です)

第5章 試練


(こちらは体験版です)

第6章 行けるところまで


(こちらは体験版です)


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Fitzpatric


OpusNo.Novel-001
ReleaseDate2014-07-14
CopyRight ©山牧田 湧進
& Author(Yamakida Yuushin)
CircleGradual Improvement
URLgi.dodoit.info


個人で楽しんでいただく作品です。

個人の使用範疇を超える無断転載やコピー、
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(こちらは体験版です)

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